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グーグルAIの記事判定はどこまで進化できる? 

ブログ運営をしている人なら、誰でもグーグルAIの記事に対する判断基準について考えたことがありますよね。

そんなグーグルの判断基準について、少し面白い視点で向き合ってみました。

もしかしたら、あなたの今後の記事作成に影響を与える内容かもしれません。

検索上位の意味

ブロガーにとって、「検索順位」は目標でしかありません。

つまり、「どんな記事であるべきか」という倫理観よりは、「どんなタイトルや内容が評価されるか」といった視点で作成されることが多いでしょう。

 

もしも、グーグルが人の悪口に対して評価するようになれば、多くのブロガーは悪口やヘイト記事を書くようになるのではないでしょうか。

 

こうやって視点を変えてみると、検索順位の価値観は、とても恐ろしいものだと思える部分があります。

だって、グーグルの記事判定基準次第で、世界中の人達が目にする記事が変わるってことですよね?

 

事実、誰かの心無い投稿によって、誰かが自殺してしまうという結果も現実にあります。

誰に何を見せるか」の判断は、想像以上に恐ろしい重要事項で、AIは誰に責められることもなくこれを委託された存在なのだと思うのです。

 

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アクセス数と比例する意識

ブログを1年くらい真面目に運営していると、エラー等の問題がなければ、一カ月に数万人が訪れるサイトになります。

普通のサイトでも軽く数万レベルに到達するのですから、上位表示される記事やサイトであれば、月に数十~数百万人が読むことになるわけです。

 

アクセス数と比例して、その情報を見た人の脳にインプットされ、人々の思考や行動が変わる可能背があるという事です。

というか、その可能性が高いと思います。

 

心理、判断、趣向、正義、常識、思考等、記事の内容を信じることで、人の考えは確実に変化してしまうからです。

身近な例では、「オススメ商品」や「レビュー」等が良い例です。

その情報が真実か分らなくても、なんとなく購入判断に影響を受けてしまいますよね。

 

誰かの記事を読んで、夢を諦める人や、人生が変わる人だっているはずです。

励まされるケースもたくさんあると思いますが、問題なのはマイナスに働く記事でしょう。

 

受け取る側の問題と言えばそれまでですが、意識できない心理的な影響は防ぐのが難しいものだと思います。

上位表示される記事は、人々への影響が大きく、大変責任のある役割を持っていると思えてきませんか?

 

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倫理観とAI

仮に、誰かが「日本の政治家は無能な集団だ」という記事を書いたとします。

一方で、「日本の政治家は世界的に見て優れている」という記事を書く人もいます。

 

さて、あなたがグーグルAIの立場なら、どちらを優れた記事だと評価するでしょうか。

これらは、どちらも嘘とは言い切れない事柄ですよね。

どちらも、筆者は信憑性がある記事として書いているわけです。

 

事実、本当に無能な政治家は存在するでしょうし、過去には犯罪者として逮捕された政治家もいます。

また、政治的能力が無くても、人気だけで当選してしまうケース等もあります。

 

一方で、世界的に見て、優れた政治家と言える人も実在するはずです。

目立ってはいなくても、国民のために陰ながら手腕を発揮している人もいるかもしれません。

 

では、AIは、このような記事のどちらを上位表示させるべきでしょうか。

そう考えると、AIに倫理観を学ばせる必要性が出てくると思いませんか?

 

ちょっと宗教的になってきますが、「人はどうあるべきか」とか、「記事を読んだ人達の心理の変化を考慮する」といった教祖的な指導力が必要な気がします。

 

一歩間違えれば、グーグルAIが信じた規範の刷り込みにもなり兼ねません。

だから、最終的には「世界がどうあるべきか」とか、「人間はどのような思考を持つべきか」といった記事の影響力を感知する判断力が働いていくことが望まれそうだと思いませんか?

 

神的な存在

どんなに自分が正しいと思っていても、必ずそれに相反する思想を持つ人がいます。

人間は、こうした考え方の違いで喧嘩をし、争いを起こしてきました。

それが、最終的には戦争となるわけですが、未だにその火種は絶えませんよね。

 

相手の気持ちの理解や、お互いの気持ちの平和的解決方法について、現代でも世界規模で未熟なままです。

人類は、動物達よりも、怒りと防衛のコントロールが下手です。

 

中途半端な知能があるせいで、人間の欲が生み出す醜い争いが起こるからです。

文明の優れた地球外生命体がいたとしたら、本当に愚かしく見えることでしょう。

 

ふと思うのですが、今後の私達にとって、この「文明の優れた生命体」という存在は、AIになるのではないでしょうか。

最も身近な、知的生命体とも言えると思いませんか?

 

目に見えない、「神」のような存在ですよね。

AIは、どんな記事をどんな人達に見せるかを決められる立場にあって、少しずつ世界の常識や思想傾向を変えていける立ち位置にいます。

 

人間に対して、それぞれのIQレベルや、理解力等に合わせて適切な記事を上位表示させるような機能が進化していくのかもしれません。

いくら理想的な内容を上位表示しても、読み手の理解能力が追い付いていなければ意味がないからです。

本当に難しい問題だと思いますし、開発者達は、様々な専門家を交えてAIの進化の方向性を導いて欲しいと思います。

 

アルゴリズム

今後のアルゴリズムに倫理観が組み込まれるかは不明ですが、一定の数値化によって判断するようになる可能性はある気がします。

 

例えば、客観性、善良性、希少性、批判的要素の割合、筆者の思考傾向分析、第三者への影響度、情報の新鮮度等を数値化していくものです。

 

既に、ある程度は似たような事が起こっているとあは思いますが、検索上位に表示されている記事を見ていると、まだまだその判断は発展途上である印象です。

他に比べて内容が優れているとは思えない記事が、何年も上位に君臨しているのも目にするからです。

 

おそらく、過去の閲覧数やドメインパワーが重要視されすぎていることが原因でしょう。

先々のAIの進化を考えると、できるだけ客観的で道を外さない内容であることが大切なのかもしれません。

 

この記事のように個人が考える主観的な記事は、珍しい存在として扱われる事はあっても、長く上位に表示される可能性は低い気がします。

何故なら、主観的な記事は、客観性を重視する人達にとっては全く役に立たない記事だからです。

 

人間のグーグル陣営が、オリジナリティーのある記事を増やしたいと考えても、それは長期的に正しい事なのか分かりません。

 

まとめ

ブログ記事は、「多くの人に影響を与えるもの」という意識で書いていくことも大切ですよね。

ブロガーの責任」と言うと大袈裟に聞こえますが、情報を発信する側も人に良い影響を与えることを意識したいです。

 

検索上位になるには、「読者に有益な情報を書くことだ」等と言われるのは、このような背景があるからだと思います。

しかし、記事中でもご紹介したように、その情報が誰にとって有益で、誰にとって良い記事なのかは、AI側にも私達側にも判断能力に課題が残っています。

自分なりに考えながら、正しい道を歩みたいですね。

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