「神様はなんでお供え物を欲しがるのかな・・」と考えたことはありませんか?
また、お供え物は神様が召し上がるものだと考えている人が多いのではないでしょうか。
私は、常々この「お供え物」の必要性について、疑問に思っていました。
何故なら、神様は食事をしそうもないですし、実際の所、食べ物を粗末にしているだけのように見えるからです。
答えを確かめようがない謎ですが、もしも神様に聞く事ができる人がいれば、真意を知ることができます。
信じるか信じないかは皆さんの自由ですが、今回は、ある人が神様に聞いた「答え」についてご紹介したいと思います。
とても素敵なお話ですので、ぜひ最後まで読んでみてください。
神様との交信
人間を創った神々がいたとしたら、昔の人達は、その神々の存在を認知していたのでしょう。
何故なら、神社仏閣には、神様の名前がはっきりと残されていて、古事記のような文献にも様々な伝承があるからです。
当時の人々の中には、おそらく神々と交信ができる者が一定数いたのではないでしょうか。
そう考えれば、古事記のような物語が残っていることや、神社で御祭神となっている神々の名前が残っていることも頷けます。
そもそも、誰かが神様から名前を聞かなくては始まりませんし、どんなご利益があるのかさえ分かりませんよね。
複数の能力者が、様々な場所で同じ名前を聞いたからこそ、誰もがそれを信じ、全国的に広がったのではないでしょうか。
神の教え
古代の人々は、文明が乏しい環境だったはずですので、神に願うことは現代人よりもシンプルです。
宝くじが当たることを願うとか、ビジネスでの成功を祈願する人は皆無で、誰もが五穀豊穣や無病息災を願っていました。
要するに、食べるものに困らないように願うとか、雨が降りますようにと願う等、「生きるためのの願い」であったことが想像できます。
ですから、商売繁盛とか、交通安全等の願いは、文明の発達によって生まれた二次的な現代的祈願なのです。
古い神様の伝承を読み解くと、神々は人々の幸せのために作物の種や耕作方法を与えたように見えます。
人々への最初の恩寵といっても良いのではないでしょうか。
神様が叶える事
神様が叶える事について、ある方から聞いた話を記載します。
親は、子供に対して「健康で、幸せになってほしい」と願いますよね。
ある時、自分のかわいい子供がお菓子を欲しがったのでこれを与えました。
神様の目線からすると、これが人々に与えた農業等です。
いつしか、子供はお菓子に飽きてきて、「もっと美味しい物が食べたい」と言い出します。
親としては、「贅沢なことを言わないの」等と教えるのではないでしょうか。
今ある食べ物がある事、健康に生きられている事、といった有難さに感謝できなくなった子供達は、次々と欲を広げます。
「お金をちょうだい」
「成功者になりたい」
「理想の恋人がほしい」
「もっと楽しい人生がいい」
子供達のワガママには際限がありません。
親としては、自分の力でやらなければいけない事や、そもそも感謝すべき事を諭したいところではないでしょうか。
神様も、人々に優先的に叶えるべき事柄を同じように考え、教えているのです。
このような認識を持つと、商売繁盛や宝くじの当選などをお願いするのが恥ずかしくなりますよね。
自分で成すべき事と、神様に頼るべき事の線引きができていない人も多いのではないでしょうか。
願い事は自由ですし、罰があるわけでもありませんから、どんな事をお願いしても良いと思います。
でも、子供を思うからこそ、甘やかさないようにするものだと思います。
たくさん頑張っている子供には、不思議な縁や、チャンスを与えることもあるでしょう。
願い方、願う事を間違えてはいけないなと感じるお話でした。
お供え物の素敵な話
当時の人々にとって、農業は生きていくための基礎であり、何よりも重要な心配事だったでしょう。
故に、豊作を神の祝福と考え、凶作を天罰等と捉えた人も多かったかもしれませんね。
前置きが長くなりましたが、神様に「お供え物の意味」を教えてもらったという人がいます。
この話を信じられない人も多いと思いますが、そんな気持ちはひとまず置いておいて、結果だけでも読んでみてください。
神様は、人々が上手に農業を営み、生きていくための技術を身に付けたことを大変喜びました。
さながら、幼稚園や小学校の先生のような気持ちですね。
やがて、人々は感謝の意味を込めてお供え物をするようになるのですが、神々はこれを食べるわけではありません。
実は、神様は遥か昔から、こう思っているのだそうです。
『こんなに上手にたくさん作れるようになって、とっても嬉しいですよ』
神様は、人々がお供え物をする余裕ができたことを喜んでいるのだそうです。
人々が自分が食べるのに困っていたら、神様に捧げることもできないからです。
その余裕は、人々の成果なのだから、これを見せる(供える)ことは最大の感謝と恩返しなのだそうです。
子供が親に「見て見て!こんなに上手にできたよ!」と見せに来た時のように感じてくださっているわけですね。
とても感動的というか、素敵な話だと思いませんか?
まとめ
お供え物は、神様が欲しがっているわけでも、食べるためでもなく、『よくやったね』と褒めてもらうための証拠のような役割だそうです。
きっと、神様は、そんな人々の姿を見て、次も上手くできるように応援してくれるという事でしょう。
また、昔は、食べるのに困った人達がお供え物で命を繋ぐこともあり、これらの人々は、神様に呼ばれて(命を繋いで)いたのだそうです。
誰かを助けることに使われた供物は、供え物をした人の功徳となったのです。
現代では、虫や鳥等の命に繋がっているのかもしれませんね。
いつしか時代は変わり、「昔からそうだから」とか、「そう教わったから」等、機械的になんとなくお供えをするだけになっている気がします。
私は、このお話を聞き、お供え物に対する認識が変わりました。
みなさんは、どうお感じになられたでしょうか。
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