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生きる意味の考え方とオカルト的思考法

自分が生きている意味を考えることってありますよね。

また、人生には、「自分には生きる価値がない」なんて思えてしまう時もあるものです。

このような思考に支配された時には、徹底的に生きる意味について考えてみるのも、人生において必要な事のように思えてなりません。

気持ちを整理するための思考ヒントとして、この記事では「生きる意味」の考え方についてサポートしてみたいと思います。

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自己認知で原因を理解する

生きる意味を考える時、その深刻さや思考レベルにも色々ありますよね。

自分では気が付いていないかもしれませんが、意外に単純なことが原因になっている場合もあると思います。

 

無意識に、「生きる意味=幸福感」だと捉えているような人は、何かと相殺することで気分が全く変わることに気付くはずです。

例えば、以下のような質問をされて、気持ちに変化がある場合です。

 

  • 宝くじが当たって数億円を手にしたら、生きる意味は変わりますか?
  • 最愛のパートナー(恋愛相手や配偶者)ができたら、生きる意味が出てきますか?
  • 社会的地位や名誉を手にしたら、生きる意味を感じられますか?

 

このような質問で状況が変化する人は、単純に無いものねだりをしているだけです。

生きる意味=幸福感」という考え方をしていると、このような質問で簡単に結論が変わってしまいます。

要するに、自分の欲求が叶わないので、「生きる意味がない」と言って駄々をこねているのです。

 

生きる意味とお金の関係

多くの人は、「お金を得る事が生きる意味ですか?」と聞かれたら、「それは違う」と答えるのではないでしょうか。

でも、「宝くじに当たったら、生きる意味が出てくる?」と聞かれると、「まぁ、そうかも」等と答える人もいそうですよね。

 

同じことを聞いているのに答えが変わってしまうのは、無意識に自分を正当化している部分があるからかもしれません。

お金を得る事によって生きる意味が出ると感じた人は、「生きる意味」が無いのではなく、「お金」が無いだけのことです。

 

働くのが嫌で、「こんな人生なら意味がない」と、わがままを言っている状態です。

もしも、『お金=生きる意味』なのであれば、楽にお金を稼ぐことが「生きる意味」という事になり、それが答えです。

 

楽に稼げる方法を模索し、それを実現することがあなたの生き甲斐になるはずですよね?

そうでないのならば、あなたの生きる意味はもっと「」に関する部分にあるということです。

 

生きる意味と人間関係

最愛の人を亡くした場合や、恋愛対象が見つからない状況下でも、生きる意味を見失ってしまう事があります。

特定の人との関係性において「生きる意味」を感じる人にとっては、本当に死を意味する状態になるからです。

 

お金は、働けば手に入りますし、運によってもたらされる面もあります。

しかし、人間関係については、お金や努力ではどうしようもない事も多いですよね。

死んでしまった人を生き返らせることはできませんし、失った信頼や愛情も元に戻すのはとても難しいものです。

 

本当に「生きる意味」である存在を失ったのなら、それは心理的な死を意味することでもあります。

つまり、自分だけで生きている意味はないと感じる状態です。

 

後追い自殺等をする人達は、本当にそのような存在がいたということなのです。

ですから、「孤独」という感情は、生きる意味を考える上で最も深刻なテーマだと思います。

 

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死ぬ人と死なない人の差

生きる意味(相手)を失っても、実際には死なない人の方が多いのは何故だかわかりますか?

本気ではなかったとか、死ぬのが怖いといった事が理由ではありません。

本気で思っていても、多くの場合には死ねなくなる変化があるのです。

 

本気で死んでしまいたい状態の人は、生きている方がよほど辛いはずです。

ですから、この世につなぎとめる何かが無ければ、本当に死んでしまいます。

 

つまり、生きる意味を失くしても死ななかった人は、最終的には「死生きる意味」という状態になったのです。

これが、「死生きる意味」になった人は、本当に行動してしまうのでしょう。

 

事実、日本では、毎年数万人規模の自殺者がいます。

その数は、東日本大震災で亡くなった人の数よりも多いのです。

平成30年には、約2万人が自殺で命を落としていますから、毎年大災害が起きているようなものですよね。

 

「生きる意味の対象だった人」が死亡してしまったら、その人の代わりはいません。

ですから、「死生きる意味」の状態にするには、今までとは違う「生きる意味」を設定しなければなりません。

 

つまり、最愛の人を亡くしても死を選ばない人の方が多いのは、生きる意味を変えることができたたからなのです。

多くの場合は、子供や親族の存在などを考え、思いとどまるのだと思います。

「子供のために頑張ろう」とか「自分のために生きよう」等といった形で、今までとは違う目標へとシフトしたということですよね。

 

本当に孤独で、自分を必要としている人達にも意味を感じない状態では、自分で意識しなくても死へと向かってしまうと思います。

何もかもできなくなり、食事も喉を通らなくなって、餓死(又は病死)するということです。

 

本当に絶望しかなければ、ストレスで病気になって死ぬのかもしれません。

自殺などしなくても、本当に生きる意味を失くした人は、死へと向かっていくしかないのではないでしょうか。

 

このように、生きる意味の有無や変化は、人の生死を分けているとも言えます。

ですから、「生きる意味」というのは、それくらいのレベルで定義すべきものだと思うのです。

 

生きる意味の定義

「生きる意味」について、どれもしっくりこないという場合もあると思います。

何故、生きていこうとするのか。

人は何のために存在しているのか。

そんな壮大な思考になってくることもありますよね。

 

好きな人もいなければ、子供がいるわけでもない。

仕事が楽しいわけでもなく、何のために存在しているのか自分でもわからないといった人です。

 

そんな人でも、前提としては「生きたい」という本能がありますから、厄介な感情が芽生えます。

仮に、生きる意味が「裕福な暮らし」で、それを達成したとしても、大金を手にしてから急に「生きたい」ということになるわけではありませんよね?

 

元々、生きたいという気持ちがあって、その後に「しかも裕福に」という条件が付くのだと思うのです。

多くの場合、「生きる意味」を達成したら、次の意味を探し始めるのではないかと思います。

最初に「生きたい」という意識があることに気付くべきだと思うのです。

生まれた瞬間から、自動的に「生きたい」という本能が発動していて、そこに人間が勝手に「何故」という疑問をぶつけているのです。

 

人間にとって、「生きる意味がない」と考えることは、現状に耐えられないという叫びでもあります。

でも、どんなに耐えられなくても、根本には「生きたい」という本能があるのです。

結局は、人間が生きるための意味を求めてしまう生物だという事なのかもしれません。

 

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憲法に「死亡する自由」は必要か

もしも、あなたが急に難病にかかるとか、とても辛い身体状況になったとしましょう。

すると、「こんな体で生きていてもしかたない」等と考えてしまう可能性もありますよね。

健康が手に入る喜びは、「生きたい」という本能に最も近い感情かもしれません。

 

一方で、健康に全く問題がなくても、長生きしたくないと考える人もいます。

子供も配偶者もいない人の老後を考えると、「長生きが怖い」と思うのも理解できます。

このように、健康が手に入ったらといって、問題は解決しないというケースもあります。

 

実際、安楽死という選択肢があれば、自らそれを選ぶ人もたくさんいるでしょう。

自分の命であるにも関わらず、死亡する権利とか自由は認められていません。

法律上においても、「生きる」ということを大前提にしているわけです。

 

生きるしかない世の中である以上、何らかの意味を後付けしていくしかありません。

それがどうしても見つからない人もいるのでしょうが、「死ぬ」という結論に達していないのなら、意味を感じている『何か』があるということでもあります。

それが「希望」とか「出会い」等といった漠然としたものでも、まずは死よりも優先している『何か』に気付くことが大事なのではないでしょうか。

 

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オカルト的な意味

少し突拍子もない話に感じる人もいると思いますが、生きる意味について興味深い説を耳にしたことがあります。

ドロレス・キャノンという人によれば、私たちの魂が宇宙からやってきたと言うのです。

 

彼女が言うには、地球の次元を上昇させるためにボランティアとしてやってきた魂がいるそうです。

そして、これをインディゴチルドレンと呼んでいます。

 

あなたが地球上に存在するだけで、次元上昇を手助けする効果があり、目に見えないバイブレーションによって世界に影響を与えているという説です。

 

自分の存在自体に意味があると言われたら、なんだか気が楽になりますよね。

こんな自分でも、世界の役に立っているのかもしれないと思えてきそうです。

 

インディゴ達は、現世の生活に対して「生きにくい」と感じていて、「自分はなんでここにいるのだろう」といった漠然とした不安を抱えているケースが多いのだそうです。

 

生きる意味の答えが見つからない人は、「地球を手助けするために存在している」と思ってしまうのも一考かもしれません。

真実はともかくとして、とてもポジティブな思考だと思うからです。

 

まとめ

人間は、生きる意味を求めてしまう不憫な生き物です。

おそらく、自然界でそんな事を考えてしまうのは人間だけですよね。

そんな人間も動物の一種ですから、元々は生きるしかない自然界にいました。

何も考えずに、ただただ生命を全うしていた時代があったわけです。

生きる意味を求める行動は、知恵や思考が発達した代償として、人間だけが持つ苦しみにも思えてきます。

ポジティブに捉えれば、人間だけに与えられた贅沢な悩みとも言えます。

生きる意味の見つけ方は、ご紹介したような視点で深く自己認知することです。

どちらにしても、納得のいく結論に至るまで悩み抜いてみましょう。

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